義母の誕生日

マルモ食品の会社をここまでにしたのは勿論技術者の義父、そして義父を操縦しながら、会社経営を任されていた義母の賜物だったと聞いています。義母は22年前に亡くなりました。色々心残りだったと思います。そして、マルモを嫁の私が引き継いでいる事がアンビリーバブルだと思います。アルバムを見ていたら、義父と義母のツーショットの写真を見つけました。多分30年くらい前の写真だと思います。そう、義父は戦争中パイロットだった事は以前お話しましたが、飛行機操縦を趣味にしていました。可愛そうに義母を乗せてあちこち行っていたようです。義母も家で留守番しているのも心配、同乗すると具合が悪くなるくらい緊張したようどっちもどっちだったようです。実は私も結婚してすぐ、乗せてもらうチャンスが(^_^;)ありました。あの経験はそう出きるものではありません。冷や汗をかきながら、操縦桿を持っている義父の横顔を見た時、もう二度と地上には帰れないかもしれないと思いました。凄い音で遊覧飛行なんてものではありません。海の上を飛んできた時は、ここで落ちた方が被害が少ないななんて考えていました。無事飛行場に降りた時は肩こりがひどく腰が抜けそうでした。一度きりで終わりましたが、義母はこれを何度もトライしていたんだなと思うといやはやなんともいえません。