陽気なかしまし娘ではありませんが

エイプリルフールの写真ではありません。でも33年前の写真ですので、想像はつかないかもしれませんが、向かって右の赤い着物姿が私、隣の黒い服が姉、そして後ろで微笑んでいるのが母です。若いです、皆。1976年1月1日に撮ったものですが、私の好きな写真です。母は大阪の船場のいとはん。商家で育ち丁稚さんや姉やの中で育ったのですが、あの頃の人は(大正13年生まれ)ちゃんと必要な教育を受けていたのですね。当時の女専(多分いまの女子短大くらい)でほんとうに色々教わったようです。料理、裁縫(着物/洋服)、文学、ダンス等々。私が、印象に残っているのは、昭和35年位の頃、私たちにスパゲッティミートソースを作ってくれたのですが、あの頃はまだ今のようなパスタが手に入らなかったので、うどんで作ってくれて、それより何より、上にトッピングする粉チーズなんてなかったので、ビスケットをおろし金で削ってミートソースに掛けてくれたのです。私たちは、そんなことつゆ知らずこれが本物と思っていました。あの時代に母が本物を知っていたのです。なぜかあのミートソーススパゲッティが一番美味しく私の頭の中にインプットされています。今は認知症で寂しい限りですが、可愛い母です。